淑女の皆様ごきげんよう。
3/20発売!ロマンスヒルズコレクションに夏井由依先生の新刊が登場します!
大人気作『セルケトの永遠』のスピンオフ!!

ソプデトの涙
ソプデトの涙
夏井由依


「帰るな、ソプデト。余のもとにいろ」
薄幸の王女が愛したのは、神と等しく崇められる偉大な王だった…神々が紡ぐ至極の古代エジプトロマンス。

小国の王女ニナーナは、敵国の侵略により国と家族と民を失い、ただ一人で隣国に保護された。
隣国は大河と太陽の恵みを受けた豊かな国。悲しみを背負うニナーナと対峙した王は、彼女を侍女にするという。
王の態度に戸惑いながらも侍女としての日々を過ごしていたが……

【編集部より】
大人気作『セルケトの永遠』のスピンオフ。
前作で登場したカズィス王が主人公の作品です。
傲慢で尊大に見えたカズィス王のロマンスをお楽しみください!




夏井由依先生
について
代表作にはハニー文庫『初夜〜王女の政略結婚』など古代エジプトが舞台の作品や、
ヨーロッパが舞台の『黒狼と赤い薔薇〜辺境伯の求愛〜』などがあります。

★オススメポイント~古代エジプトの風を感じたい貴女に~
5万字強の読み応えある作品です。
勝手にロマンス大賞を受賞された夏井先生の、古代エジプトロマンスです。
前作の『セルケトの永遠』に登場した、尊大な王カズィスがヒーローです。 

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未読の方は前作とあわせてお読みください!すごく!よい話です!


登場人物紹介

ニナーナ :小国の王女。敵国に国を滅ぼされ、カズィスの国に保護される。
カズィス :国王。富の溢れる下の国を統べる権力者。
エルネヘフ:第四王子。カズィスの弟。


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~プロローグ~
 
 幅広の大河を行く小舟の上で、ひとりの兵士が「宮殿だ」と呟いた。
 それは彼の独り言であったのだろうが、思わずニナーナは顔を上げた。高台に堂々と立ち聳える白い周壁が、強い日射しを受けて輝いている。あの奥が宮殿なのだろう。
 壁には、大きな浮き彫りがされていた。独特の絵――この国の神々だ。すべて彩色されていて、いまにも高台から飛び降りて地上を歩きだしそうなほどに美しい。

 しかしニナーナは、眩しさに眇めた目をそっけなく逸らした。頭から被った日除けの布の下、しかめた顔は疲労が濃い。長いまつ毛に縁取られた目は濁り、黒ずんだガラスのようだった。高地の民らしい白い肌は焼けて赤くなり、とくに鼻の頭はひどい。乾いた唇もひび割れて白っぽくなっている。
 兵士たちが高台を指差してまたなにかを言ったが、ニナーナは目をゆっくりとしばたたかせただけで、反対側の河岸へと視線を向けた。

 丈高い草むら、低木。そして耕作地……。
 金色に輝く穀物の中、大勢が農作業に従事していた。聞こえてくるのは家畜の鳴き声や作業の音。そこに笑い声や歌声も混じっている。
 収穫はもっとも心躍るときだ。大いなる緑海から吹きつけてくる風さえも、彼らにとっては音楽なのかもしれない。歌声はいつまでも続く。
 豊かな国、美しい風景だった。壁に刻まれた神々さえも動きだして楽しみたいのだと、そんなふうに思えるほど。
 小舟の上からも、話に聞いていた大国のすばらしさは確認できた。
 繁栄する広大な国。数多の神々に守られる国。
 王でさえも神であるという国。
 だが、それがなんだというのだろう? この国がどれほど美しく強大であっても、慰められはしない。
 むしろ、それらのひとつひとつに、気持ちを傷つけられていく。
 笑顔があふれているのが、苦しくてたまらない。
 なのに、ニナーナを乗せた小舟の水夫や兵士はもちろん、連なって進む小舟にあるどの顔さえも微笑んでいるのだ。戻ってきたことが嬉しくてたまらないと、彼らは隠しもしなかった。

 この国で、わたしはひとりきり。

 ニナーナは抱え込んだ両膝の間に顔を埋めるようにして俯いた。
 赤みの強い髪が日除けの布端からこぼれ、むき出しの白い腕をくすぐった。乱れたそれを払いもせず、自らを抱き締めるように身を縮めたまま、目を閉じる。
 途端、瞼の裏に、黒っぽい山々と高地がよみがえった。風に含まれた濃密な木の匂いさえ、鮮やかに。

 薄い色の空の下、金色に輝いて波うつ草に覆われた丘陵。みっしりと葉をつけた木が点々と散り、細い川が流れている。川縁の低い石壁近くで遊ぶ子供たち。
 群れる家畜の鳴き声、それを追う牧夫の歌うような合図。町壁の内側にある集落からは、いつも、いくつも炊煙がたなびいて、それと同じくらい、女たちの笑い声が響いていた。
 そして王宮――石と木材で作られ、モザイクで壁や柱を飾った荘厳な王宮。その大広間に立つ厳しい顔の父、兄たちの姿が薄れていき、煙の臭いがする薄暗い部屋が現れる。
 垂れ下がった布、低い寝台、その上で小さな妹を抱き締める母……。

「……っ」

 ニナーナはさらにきつく目を閉じた。
 涙はもう出ない。代わりに、目の奥を突き刺されるような頭痛に襲われた。
 馴染みとなった痛みの中、自らに何度も言い聞かせた言葉を胸中で呟く。
 故郷はなくなったのよ、と。
 そして考えることをやめた。



第一章
 
「報告は受けている」

 男は短くそう言って、手にしていたパピルスの巻物をさらに広げた。彼が座っているのは幅の広い金色の椅子だが、斜め前に置かれた揃いの机は小さなものだったので、巻物の端はだらりと落ちた。

「おまえは休んでいい。明日には戻って、仕事を終えたとエルネヘフに伝えろ」

「は」と答え、隣に立っていた兵士が頭を下げた。

「ニナーナ王女はどうなさいますか」

「王女?」

 紙面から目を上げることもなく、男は短く返した。そのひと言には、おもしろがっているような響きがあった。
 ニナーナはかすかに身を強張らせたが、怒りや屈辱の混じったなにかしらの感情は、生じたと意識した途端、萎んで消える。
 ぼんやりしているうちに、隣の兵士が顔を上げた。

「エルネヘフ様には、王女として遇するよう申しつけられておりますが……」

「そうか、弟は女には甘いからな」

「では、王女として?」

「いや」と言って、男は指先で紙面の端を叩いた。

「スゥトに任せる。あれはここで務める女たちの頭だ。適当にやるだろう」

「かしこまりました。連れて行きますか」

「少し話しをしたい。おまえは下がっていい。明日の朝、もう一度、余の元に来い。エルネヘフへの命令書を手渡す」

 兵士が下がると、ふたりきりになった。
 沈黙の中、輝くほどの白い床と金で飾られた豪奢な部屋に、さーっと水音が大きく響いた。壁際の天井近く、端から端へと渡された金色の管で水を通しているのだ。管にはごく小さな穴があけられ、いくつもの細い筋となって壁の一面に流れ落ちていた。
 水の幕を背にして机に向かう男は、手元の紙を大きな手のひらで押さえ、優雅な動作で立ちあがった。
 片足に重心をかけて腕を組む姿は、ニナーナが想像していた大国の王としてはいささか簡素な装いだった。編み上げの紐がついたサンダル、膝丈の腰布に鮮やかな青ビーズで飾られた前帯。上衣は袖が短く、胸元と両手首に金の装身具。
 頭髪をひと筋も見せずに被るのは、金と青の横縞に彩られた頭巾《ネメス》だった。額の抑えは、鎌首をもたげたきらめく黄金の蛇で、両眼にはめ込まれたのは黒ガラスなのか、冷たく輝いている。

「さて、王女。自分の立場を理解しているか?」

 男は、くっきりとした唇の線を際立たせるように、にやりと口元を歪めた。
 ニナーナは両手を身体の脇に垂らしたまま、目の前でそうしていることで罰せられるのだろうかと心の隅で思いながら、頭も下げずにじっと見つめ返した。
 この大国の頂点に立つ王のひとり――北方の下の国を治めるカズィス王を。

 以前、遠目で見たときも思っていたが、堂々とした体躯の美しく若い王だった。背が高く、肩幅が広い。厚みもある。引き締まった腰、ぴんと張った腰布の下の太い足。間近で見るそれらは力強く、威圧的だった。
 彫りの深い秀麗な顔立ちには、ニナーナには不思議に思えるこの国独特の、目の縁を墨で囲う化粧が施されていた。目じりまで太く描かれた化粧は女性的に見せるのではなく、支配者としての威厳と美しさをより際立たせていた。向けられる視線は、まさしく神のごとき畏怖を感じさせる。

「王女?」

 く、と笑って、カズィスは組んだ腕を解いた。長い指で探るように、机の上の紙面を叩く。トン、トン、とその音が数回続いて、ようやくニナーナは口を開いた。

「わたしは王女ではありません」

「……」

「わたしの国は滅びました」

 知っているでしょう、と言外に皮肉を込める。あなたもあの場にいたでしょう、と。
 滅びた、あの日に。

 ニナーナの国は、高地にあった小国のひとつだった。他がそうであるように、生き残るために様々な形のたくさんの戦いを強いられるような。
 それでも、なんとかうまくやってきた。しかしさらに東に、いくつもの国や部族を飲み込んだ国が興ると、状況はひどくなった――ひどくなっていく一方だった。
 大国の庇護の下、属国として生きるか。小なりと国としての矜持を貫くか。周囲の国々や部族らとの連合も考えられた。
 混乱の直前、西側の砂漠を挟んだ隣国に、助力と言う名の事実上の統治を求めた。
 けれど遅かったのだ。
 助力を求めた相手、咲き誇る蓮の花のごとき大国の王は、勇猛で知られる兄弟とともに自ら乗り込んだが、ニナーナの国はすでに衝突に巻き込まれ、父である王を含むほとんどの民が命を失っていた。
 それでも侵略者たちをあっという間に叩きだしたカズィス王は、荒らされた地を自らの領土の一部だと宣言し、庇護下に置いた。
 この地のすべては余のものである、という声が耳によみがえり、ニナーナは黙って目を伏せた。

「王女ではない、か」

 机を叩く指の動きを止め、カズィスはゆっくりと胸の上で腕を組んだ。半円の形で胸元を飾る金色の装身具が、チリチリと歌うような音を立てる。その音に似つかわしくない、冷ややかさを含んだ声で王は続けた。

「では言い換えるか、王女だったニナーナ、と? そうだ、おまえの国はもうない。余が支配するひとつの地になっている」

「……」

「王族だった女は面倒だからな、残った民の求心力にもなる。後始末を任せた弟は、先にも言ったが女には甘い。自分のものにでもするわけでもなく、ただ憐れむのだ。そして、余のところに送ればそれで問題が済むと思っている」

 カズィスは口元をゆがめた。

「聞いているか、王女だったニナーナ? 余を見ろ」

 ニナーナがそうすると、命じた相手は満足そうに口の端を歪めて頷いた。

「それでいい。それと、命が無事だったことを弟に感謝することはない。おまえはここで侍女になる。新しい宮殿で、人手が足りないそうだ。女たちの頭を務める女は、余が魔法の小箱でも持っているかのように侍女を寄越せと訴えている」

「……侍女」

「王女だったがいまは侍女のニナーナ、と呼ぶようだな」

 真面目な顔つきで言った後、カズィスはたくましい肩を竦めた。

「長いな」

「……」

「新しい名前をくれてやるか? おまえはもうこの国の人間、余の民のひとりだ。余が名づけることで、おまえはただの侍女ではなくなるぞ」

 そう言いながら、カズィスは弾みをつけるように机を叩いて離れた。長い足が床に切られた堀をさっと跨いで、ニナーナがひと呼吸する間に、目の前に立つ。

 ニナーナは息を飲んだ。間近から見下ろしてくる目は冷たい黒い色をしている。さきほどまでのおもしろがるような気配もなく、端整な顔は強張っても見えた。
 沈黙の中、黄金の装身具をきらめかせて王の腕が動き、ニナーナが頭から被ったままだった日除けの布を取り払っていった。
 赤みを帯びた褐色の髪が、乱れたまま宙に広がった。そのひと房を、すくうようにして触れられる。カズィスは重さを確かめるように、手のひらの上で髪をふわふわと上下させた。髪を離すと、今度は曲げた指の背でニナーナの頬を撫でた。

「手入れが必要だな」

「え……?」

「まあ、いい。スゥトがうまくやるだろう。さて、名前だな」

「わたしは……」

「いらないか? 必要ないならそれでもいい」

 カズィスは尊大な仕草で腕を組み、独りごちるように言った。そして、ふ、と笑った。

「ニナーナ、か。東の……異国の女神のひとりだな」

「……」

 頭の中は痺れたように鈍かったものの、王の言葉はなんらかの感情を湧きたてた。
 ニナーナの名は、故郷のさらに東にある国からやってきた母がつけたものだ。姉妹はみんな、母の故郷で崇められていた女神から名前をもらっていた。父は娘たちに関しては母の好きなようにさせていたからだ。

 姉妹――ふいに、ズキリと激しく胸が痛む。彼女らも父も母も、兄たちもいなくなった。隣国に嫁いでいた姉は同じ戦乱に巻き込まれ、父と兄たちは攻めてきた東の大国を食い止めようと戦って。
 身体が弱かった妹は混乱の中で息を引き取った。母は絶望し……。

「……っ」

「どうした? 違う名にするか?」

 カズィスが早口で言った。ニナーナはハッとして、胸を切り裂く痛みをひとつふたつ喘ぐように息を吸ってこらえ、ゆっくりと首を横に振った。

「このままで……」

 カズィスを見つめて答えると、彼はわずかに黒い目を細めた。そうか、と呟き落とした口元は不自然に歪められていた。ニナーナはヒヤリとした。怒らせたのだろうか、と。
 しかしカズィスは、そっけなく「では」と口にしただけだった。

「下がれ、ニナーナ。もういい」

「……」

「外に迎えが来ているはずだ。次に余の前に現れるときには、名の通りの輝きを見せてほしいものだな」

 女神の名前。つまり神のような輝きということだろうか? 首を傾げて目をやれば、カズィスは身じろぎひとつせず視線を合わせてくる。
 彼の黒い目は、星のない夜を思わせた。

「行け」

「は、い……」

 急に胸がざわざわと落ち着かなくなってきて、慌てて背を向ける。カズィスから離れなければと、そんな奇妙な切迫感に突き動かされた。
 その背を、短い笑い声が叩く。

「王の前での態度を学ばせる必要もあるな」

 ニナーナは聞こえなかったふりをして、すばやく足を運んだ。出入り口近く、ひらり、と端の揺れる薄布の下をくぐったとき、王である男の声が小さく届いた。

「余に背を向けて走り去る女は、おまえが初めてだ」



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