淑女の皆様ごきげんよう。ロマンスヒルズコレクションに、東吉乃先生の作品が登場しました!強く凛々しいヒロインの活躍をお楽しみください。
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自由への讃歌
東 吉乃


騎士の娘であるアリアは、大聖堂で祈りを捧げていた。
祖国は墜ちた。父も兄も戦場の露と消えた。敵が来る前にこの地を離れなければならない。
逃げようとした矢先、アリアの前に一足早く敵国の将が立ち塞がった。
男はアリアを国に連れて帰ると言う。申し出を断ったアリアは、抵抗も虚しくその場で純潔を散らされてしまう。
騎士家に生まれた矜恃を胸に、男に一太刀浴びせたアリアは、その場から逃げ去った。

……あの日から半年。アリアは騎士としての経験を活かし、男装して敵国の騎士団に入隊していた。
しかし自由を得るため騎士になった彼女のもとに、長期不在だった騎士団長が戻ってくる。
彼はあの大聖堂で、アリアの純潔を奪った男だった。


☆作者紹介 東 吉乃
ムーンライトノベルズ小説家になろうにて執筆活動を行っている。ドラマティックな物語を紡ぐ作家として、ファンが多い。

【編集部より】
あの大ヒットした東先生の小説が、大幅加筆でロマンスヒルズに登場しました!P-POCO先生による美麗な場面イラスト、キャラクター設定やラフも盛り沢山。アリアとハルヴァリの物語をお楽しみください。

本作は、衝撃の出会いから始まるロマンスで、普通であれば出会いのシーンで二人の物語は終わってしまいます。でも、アリアは強いのです。彼女の強さと、過ちを犯したことを悩み続けるハルヴァリが出会い、新たな物語が始まるのです。
また、P-POCO先生による美麗なイラストもぜひご覧いただければと思います。表紙ラフや人物の設定も入れましたので、イラストと共に、あの世界観をお楽しみいただければ幸いです。

 
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 祖国は墜ちた。

 長く捧げた祈りの終止符は、覆しようのない事実だった。
 夫となるべき騎士、幼馴染は約束の日に間に合わなかった。
 戻ってきたのは戦死の報のみ、紙切れ一枚だ。「ライアス=グラーツ、祖国を守り名誉の死を賜った」という、定型文だけの。
 アリアは閉じていた目をゆっくりと開ける。祈りに組み合わせた手は、指先まで純白に包まれていた。
 祖母から母、そしてアリアへと受け継がれた晴の日の衣装。豪奢ではなくも清楚なそれは、裾と袖、首元に花紋様が織られている見事な一着だった。一介の騎士家に伝わるには過分にも思えるが、祖母は良家の出だったらしい。真面目で実直な祖父と大恋愛の末に嫁してきたというが、結ばれた喜びは持参品の多さに表れており、孫であるアリアもその逸話を折に触れ聞かされていた。
 これを母から譲られた日のことを今でも覚えている。
 一年ほど前にアリアの婚礼が正式に決まった時、母の部屋に呼ばれて、壁にかけられたこの花嫁衣裳を目にした。「あなたもこれを着てグラーツ家に嫁ぐのよ」と。そう言った母の眼差し、声音はどこまでも優しく柔らかく、春の陽射しのようだった。
 天涯孤独となった今、服一枚にさえ思い出が蘇る。
 同じ季節であっても打って変わって今日は肌寒く、大聖堂の空気は冷たく沈んでいた。
 赤い絨毯にひざまずいたままで祭壇へと目を向ける。誓いを証明してくれる司祭はここにいない。そのまま振り返っても同じで、婚姻の儀が執り行われるはずだったこの大聖堂には、アリア以外もう誰もいない。
 まだライアスがいないということの実感が湧かない。あんなただの紙に一体何を思えというのだろう。
 アリアが持つ父譲りの琥珀色の瞳。幼い頃から「狼の目」と他の子供に怖がられたアリアの隣にライアスはずっといた。
 彼はアリアなどよりずっと優しく細やかで、泣いたり困ったりしている子の傍に寄り添ってその涙を拭ってやるような、そんな性分だった。彼自身、好戦的ではないことを自覚していて、後を継がねばならないグラーツ家のことにあまり積極的ではなかった。
 だから冗談のように良く言っていたものだ。
 結婚して、アリアがグラーツ家の当主になってくれたら皆幸せなんだけどな、と。
 そういう未来があってもいいと、アリアも笑って聞いていた。
 アリアには騎士の兄が三人いてレーヴ家そのものは安泰だった。アリア自身も騎士として認められていたし、ライアスから求められるのなら応えたかった。共に過ごした時間というのは大きい。それほどにライアスがアリアにくれた優しさや安らぎはアリアにとって意味があった。
 ライアスに召集令状が届いた日。
 蒼褪めた顔で俯く彼に、アリアは「自分が代わりに行く」と持ちかけた。
 ライアスはアリアの兄たちに遜色ないほど恵まれた身体で、騎士としての素養は確かにありながらも、騎士になるには優しすぎた。虫も殺せないような人間が、同じ人間を殺せるはずもない。アリアはそう詰め寄ったが、結局ライアスは困ったように笑いながら令状を固く握りしめて離さなかった。
 彼がどんな戦果を挙げたのか、今となっては知る由もない。
 ただ彼は最前線に投入され、戦死し、二度とこの地には帰ってこない。
 誰の顔を思い浮かべてもライアスと同じだ。
 騎士だった父、そして三人の兄たちもライアスと同じ時分に最前線へと赴いた。今この状況になってまで「きっと生きているはず」と思えるほど、アリアは高貴なお嬢様ではない。
 煌びやかな貴族とは違う、騎士の家に生まれたのだ。戦うことが本分の。
 祖国ガルシアのほぼ最北端に位置するこの街まで敵国の侵攻を許した時点で、最前線が壊滅しているであろうことは想像に難くない。
 母の行方も知れない。
 王都に伯母を迎えにいくと出ていったのが二か月前だ。戻るどころか便りひとつないのが状況を雄弁に物語っている。南にある王都は、この街よりよほど陥落は早かっただろう。なだれ込んだ敵国兵士に王都がどれほど混乱を極めたことか、察するにあまりある。
 伴を連れていたとはいえ、母自身は戦う術を持っていない。
 騎士としての教育を受けて育ったアリアならば結果は違っていたかもしれないが、逆に戦える力を持つアリアは、残されたレーヴ家と近隣の民を守らねばならなかった。
 きっと戻らないものばかりだ。人も、時間も、何もかも。数えるだけ空しさが募る。
 アリアは一晩中結んでいた祈りの手を解いた。
 いい加減、禊みそぎも頃合いだ。いつまでもこうしてはいられない。行き場を失くした誓いなど、もはや捨てるよりほかにない。
 決心して立ち上がろうとしたアリアの背後で、大きな音が響いた。
 不意の音に肩が強張りながらも、振り返る。内側から閂かんぬきをかけたはずの大聖堂、その扉が不躾に破られていた。外の光が射しこむ中に数人の姿が見える。
 逆光でよく見えない。
 その中のひとりがゆっくりと大聖堂に入ってきた。石の床に軍靴がぶつかる硬い音が響く。
「……何が隠されているのかと思えば」
 低い声とともに、光を振り切るように男が歩を進める。やがて明らかになった男の姿は高級将校そのものだった。だが纏っていたのは白銀の鎧で、見慣れた父や兄の青銀ではなかった。
 アリアは警戒を露わに祭壇へと後ずさる。
 純白のマントを背に流す敵国の将は扉を振り返り、手で何かを指示している。呼応するように大聖堂の扉が再び閉ざされたとき、アリアの背に冷や汗が滲んだ。
 男が一歩、また一歩と近づいてくる。
 アリアも合わせて後ろへ下がる。
 だがすぐに祭壇に背中がぶつかり、退路は断たれてしまった。それを見た男が獰猛に笑う。
「まるで俺のために誂えられた花嫁だな。こんな辺境まで攻め落とした甲斐があった」
「ライ、アス……?」
 信じられないものを見て、アリアの口からは知らずその名がこぼれ落ちた。

 生き写しだ。
 約束の日に間に合わなかった幼馴染に。

「ほう。それがお前の待ち焦がれた相手か?」
 声までもがそっくりで、だが紡がれる言葉は鋭利だった。
 優しく「アリア」と呼びかけてくれた、あのライアスではない。違う、他人の空似だ。現に相手は敵国の鎧を着こんでいる。瞳も髪の色も違う。何より男からにじみ出る酷薄さを目の当たりにして、アリアはその広い胸に飛び込みたい気持ちを必死に押し殺した。
 震える手を気取られぬよう胸元へ差し込む。
 そこには騎士の娘が嫁入りに必ず持たされる短剣を隠している。白金の美しい柄と鞘に家紋であるレーヴの牡牛が彫られた、最後の手段だ。
「だが残念だったな。前線の騎士は俺が皆殺しにした。待ち人は戻るまい」
 男は警戒心の一かけらも見せず、無造作に距離を詰めてくる。
 対峙するアリアの心臓は、破裂しそうなほど脈打っている。
「待ち人が来ない、だからなんだと言うのです」
「俺のものになるかここで死ぬか、今すぐに選べ」
 突然出された二択にアリアの思考が止まった。
 不思議な問いだ。
 まるでこの場にはそぐわない、本来であれば問答無用で戦闘になだれ込むのが当たり前の状況で、この男は何を言っているのか。拭い去れない違和感を抱くも、それをどう言葉にしたら良いかがわからない。
 よくよく見れば男はもう笑ってはいなかった。
 油断なく引き締められた頬に、こちらを見つめてくる真っすぐな視線。それは目の前にいる女を値踏みするというより、アリア自身の出方を窺っているようでもあった。
「質問を変えよう。お前はライヴァに対して仇討ちの機会を窺っているガルシアの賊か?」
「……賊?」
「ライヴァ中央騎士団の中でも俺はわりと有名でな。ここに辿り着くまでに何度もそういった手合いに絡まれた。中にはこちらの油断を誘うためか花嫁に扮している者もいた。今のお前と同じように」
「仇討ち……の、ために、誓いを装ってまで?」
 男が嘘を言っているとはとても思えなかった。
 自身では思い付きさえしなかった奸計に衝撃を受け、すぐに反応を返せない。賊と見做されたらすぐにこの男はアリアを斬り捨てるだろう。何人が仇討ちを狙ったのか知れないが、それでも五体満足で男がここに立っているのはそういうことだ。
 アリアの背を冷たい汗が伝った。
 どう切り抜ければいい。逡巡するアリアを辛抱強く待つ男は、そこでちらりと後ろを気にする素振りを見せた。
 入口の方だ。外には先ほど姿が見えた男の部下たちがいる。
「俺の任務はガルシアを陥落させること」
 視線を戻した男が言った。
「建前上は国としての降伏を引き出せればそれでいい。だが上層部は皆殺しにしてこいと言った。ガルシアがレダ砦を皆殺しにしたからだ」
 レダ。
 その固有名詞を聞いて、アリアの心臓が嫌な音を立てた。それは一番上の兄からの手紙に書かれていた敵国ライヴァの要衝だ。経過の詳細は語られていなかったがその砦陥落の一助となれた誇りが文面には綴られていて、戦勝の報をアリアもただ喜んだ。
 目の前の男は「皆殺し」と言った。だがそんな言葉は手紙には一言も書いてはいなかった。
 この話は一体どこへ向かうのだろう
 戦争中の祖国。そこには当然、相手がいる。自分たちが喜んだのなら、それは敵国の誰かにとって何を意味したのか。深く考えてはこなかった現実に覚悟のないまま急に対峙させられて、頭が真っ白になった。
 ただ口を噤むしかないアリアに対し、男はなおも続けた。
「ここはガルシアの果てだ。この先進んだとて、もはや冷たい海しかない。すでにこの集落には人がいなかった。お前が最後のひとりだ。もしもお前が賊ではないというのなら、最後のひとりくらいは助けてやれる」
「助ける? その代わりに捕虜となって、知らぬ男たちにただ蹂躙され尽くせ、と言うのですか」
 前線の男がどれほど血の気が多く、また本能に忠実か、騎士教育の中で嫌というほど叩き込まれる事実だ。騎士として認められたアリアには同時に対処法も教えられているが、それは最後の手段でもある。
 どうにか返したアリアに男はわずか目を眇めた。どこか傷付いたように見えたのはアリアの錯覚だろうか。
「俺がそうはさせない、必ず守ると言ってもか」
 投げられた言葉は真摯だった。
 だがアリアはそれを真正面からは受け取れなかった。
「なぜそこまで? そもそも互いの素性もわからないのに」
「……さあな。俺のものではないとはいえ、そう何人も花嫁を殺すのは気が進まん」
「何人も?」
「気になるか。どうせ殺した数など覚えてはいないが」
 ふと男に笑みが戻った。
「さあどうする」
 男を信じてその庇護を受けるか、殺された者の復讐を果たすか。
 再び問われたアリアは第三の答えを返した。
「……どちらも願い下げです。わたしは賊ではありませんが、騎士家に生まれました。戦わずして降伏するなど許されない」
 そこまで言って、アリアは胸元から短剣を引き抜いた。


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