淑女の皆様ごきげんよう。ロマンスヒルズです。
11/5発売になった夏井由依先生の新刊をご紹介します。

セルケト
セルケトの永遠
夏井由依


「死ぬまで離さない。いいや、死んだ後も」
灼熱の太陽ときらめく星空。エジプトの風を感じる極上の古代ロマンス。

宰相の娘イフィアは、幼い頃から恋心を抱いていた第四王子エルネヘフと引き離された。父の命令で第二王子に嫁ぎ、彼の動向を探ることが彼女の役目だった。もし断れば、愛するエルネヘフの命はないと脅された彼女は……


夏井由依先生について
代表作にはハニー文庫『初夜〜王女の政略結婚』など古代エジプトが舞台の作品や、
ヨーロッパが舞台の『黒狼と赤い薔薇〜辺境伯の求愛〜』などがあります。

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★オススメポイント~古代エジプトの風を感じたい貴女に~

3万字前後の短編になります。
勝手にロマンス大賞を受賞された夏井先生の、古代エジプトロマンスです。イフィアとエルネヘフとの幼い恋がかわいくて。脇役のあの方のお話も読みたい。
エキゾチックな物語を楽しみたい方にオススメです。

登場人物紹介

イフィア :宰相の娘。幼い頃からエルネヘフを慕う。
エルネヘフ:第四王子。母の身分が低いため王宮では立場が弱い。
カズィス :第二王子。下の国を統べる権力者。


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〜プロローグ〜

「お名前は?」
 
 十歳ほどの少女にそう問われ、エルネヘフは目を見開いた。
 お名前は、だと? 王の息子だというのに、こんな少女にまで軽く扱われるのか、と怒りが滲んでくる。
 薄い胸を張り、短い腰布を止める前垂れのついた帯に両手を当てたエルネヘフは、なにかきつい言葉を吐き返そうと考えながら、あらためて少女に目をやった。
 綺麗な少女だった。細い体を包む真っ白な亜麻布、腰に巻かれた色とりどりのビーズで飾った帯。むき出しの腕には帯と同じ細工のいくつもの装身具。顎の線できちんと切り揃えられた黒髪は豊かで、額飾りにもまた、たくさんのビーズがきらめいている。
 丁寧に目尻まで墨を引いた目化粧、形のよい細い鼻と、小さな顎。唇だけが大人のように赤く、ふっくらとしていた。
 その唇が、咲いたばかりの花のようにほころぶ。

「お名前は?」
 
「……っ」
 
 エルネヘフはハッとして口を閉じた。
 少女がだれなのか、いまさらわかった。数日前、大広間で見かけた。そうだ、いつも自分を石かなにかのように一瞥する宰相の、娘のひとりだ。
 
 言葉を飲み込んだまま、引き剥がすようにして目を外す。
 身体の両脇に垂らしていた手を握り込んで爪を立てると、手のひらの痛みとともに、頭の中を様々な言葉が駆け巡った。罵ろうか? 怒鳴ろうか? 
 だが、そのことで引き起こされる事柄のほうが面倒だとわかるほどには冷静だった。
 それに、とエルネヘフは思い直す。きっと、わたしのことを知らないのだ、と。そしてなによりも、少女が自分より年下なのを考慮した。弱い者には優しくしなければならないだろう……。
 
 ちら、と目を戻すと、少女は微笑んでじっとしていた。庭園に面した柱の間から入り込む風に、切り揃えた黒髪が揺れている。その短い毛先にくすぐられる頬は真っ白で、どんな女神よりも清らかだった。
 ずっと見ていたい、と、そんな思いが胸に萌した。少女にも見ていてほしい、嫌われたくない、と渇望めいた気持ちも。
 結局、余計なことは言わず、エルネヘフは小さな声で答えた。
 
「エルネヘフ」
 
「え?」
 
 黒髪を大きく揺らし、少女は身を乗り出した。
 
「ヘルテフ?」
 
「エルネヘフ!」
 
 精一杯の不愉快さを表し、ひどく顔をしかめて見せたが、彼女は気にしていないようだった。まっすぐ見つめてくる黒い目は大きく、楽しげにきらめいている。庭園にあるザクロの実のような赤い唇を少しだけすぼめ、次いで、にっこりとまた笑った。
 
 心臓が変な具合にねじれて、エルネヘフは呻いた。
 
「……エルネヘフ、だ」
 
「失礼いたしました、エルネヘフ様」
 
「おまえは?」
 
「わたしは、イフィアです」
 
 少女は小さくてふっくらとした手を上げて、自分の平らな胸に当てた。身に飾ったビーズが一斉に、カチャ、カチャ、と小さく音をたてる。
 エルネヘフの心臓が、またギュッとねじれた。
 
「そ、そうか」
 
 どうにかそれだけ答えると、イフィアは弾かれるように笑った。
 
「よかったわ!」
 
「よかった?」
 
 目をしばたたかせてイフィアを見ると、彼女は頷いた。
 
「わたし、お兄様たちとはぐれてしまって。でもべつのお兄様と会えたから」
 
「……」
 
 エルネヘフは辺りを見回した。たっぷりと熱を含んだ日射しを受ける通路の一画は、シンと静まって人の姿はない。
 エルネヘフは恐る恐る自分の胸を指さし、首を傾げた。
 
「わたしが、おまえの、べつのお兄様?」
 
 イフィアはまたこっくりと頷いた。
 
「エルネヘフ様は、王の御子息でしょう? 申しわけありません、お顏は存じていたのですが」
 
「名前も知らないのに、わたしがおまえの兄?」
 
「はい」
 
 イフィアは悪びれずまた頷いて、黒髪をさらりと揺らした。
「王が、王子や王女も、自分の兄、姉と思いなさいとお許しくださったのです。ああ、よかった! ここでお会いできて、とても嬉しいです」
 物怖じせずそうまくしたてたイフィアは、手を伸ばして触れてきた。ためらいもなくしっかりとした力で、指先を包むようにして握ってくる。
 柔らかな感触に、エルネヘフは全身をビクッとさせた。だれからもそんなふうに触られたことはなかった。亡くなった母親以外には。王の息子――王子でありながら、いない者のように扱われているのだから。
 
「お、おまえ……」
 
「ごめんなさい、ここはわたしには広すぎて。王子は慣れているでしょう? ここにずっとお住まいですもの」
 
 イフィアは言いながら、グイと手を引き、ふたりの間で揺らした。
 
「案内してもらってもよろしいでしょうか」
 
「……」
 
「ムト女神の通路ではぐれてしまって。通路に戻るのは、こちらでいいのかしら?」
 王子だと知りながら呆れる態度だったが、怒りは湧かなかった。
 イフィアのひどく細い首筋、華奢な肩。白い肌は輝くようで、目が離せない。艶やかな黒髪は、揺れるたびに良い香りがした。花の匂いだ。
 自分を見つめ、にっこりと微笑む唇は、ザクロの実のように赤くて……。
 
「……っ」
 
 頭の芯が痺れてくるような奇妙な感覚に、身体まで熱くなってきた。触れ合っている手は焼かれるようだ。
 だが、この小さな手を放そうとは思わなかった。
 むしろ、もっと――そうだ、もっと強く触れ合いたい。
 エルネヘフは細い手から指を抜いて、逆に握り返した。必要以上の力を込めて、キュッと、強く。
 
「エルネヘフ様?」
 
 華奢な手には痛かったのかもしれない。イフィアは声を跳ねさせた。だが、一瞬、俯いた後に上げた顔には、大きな笑みがあった。
 
「一緒に行ってくださるのね、よかった!」
 
「うん」
 
 エルネヘフも笑った。一年前、実母が亡くなってから、はじめて浮かべた笑みだった。
 
「どこまでも一緒に行ってやる、イフィア」


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